「社畜人生」、終わりなきガマン大会のホンネとは

社畜、まんざら悪くもありません

社畜、いやな言葉ですね。コキ使われるのが俺の人生だから、今日もそう言い聞かせ出勤ですか。でも本音はどうでしょう、ちゃかり組織に依存してはいませんか。社畜として生きることだって、まんざら捨てたものではありません。会社に雇われる、このことによってたしかに人は安心と安定を得ることができます、でもその引き換えに自由の犠牲を伴うことも意味するわけです。相手は組織です、いったん雇われた以上はたとえそれが意に反する事でも従わなければなりません、「社畜人生」終りなきガマン大会の始まりです。組織への貢献!働くことは尊きこと、もちろん御奉公が給料や出世に結びつくとは限りません。特にバカな上司の下に部下として付かされた人の人生ほど悲惨なものはありません、「会社とは直属上司のことである」まさに至言です。この直属上司しだいでサラリーマン人生は時にバラ色にもなれば、暗黒の毎日をさまようことにもなるのですから。「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」アドラーさんも言っていました。

 

「どうせ俺なんか」などと言いながら

理想の仕事を求めて転職を繰り返す人もいますが、どんな会社に行ったところ所詮は同じ人間の集まりです、大差はないように思いますがどうでしょうか。「とりあえず3年は辛抱してみろよ」こんな事をいう奴があなたの現場にもいませんか。サラリーマン稼業に限ったわけではありませんが、仕事に慣れてくれば上司や同僚など会社に対する不平不満は誰にでも募ります、そして大半の人間は「どうせ俺なんか」などと言いながら「コキ使われるのが自分の人生である」としぶしぶ現実として受け入れていくわけです、ようするに「一人前」に育っていくわけですね。そして「ボーナスは少ないけど、出ねぇ奴だっているからさ」など憂き目に会うと自分よりさらに下の生き様を無理やり引っぱり出してはおのれを納得させたりもするわけです、その姿はまるで自分で自分自身を洗脳でもしているようではありませんか、寒々とした満足感、身に沁みますね。

 

サラリーマン人生こそ王道という本音

次に「サラリーマン人生こそ王道という本音」なのですが、口では文句ばかり並べてはいても、雇われて生きる人生こそが「普通の生き方」である、こんなふうに本音はちゃっかりと組織に依存している人たちのことです。まあ大半の方はここに属するのではないでしょうか、もちろん悪いことではありません。僕はその年の春になってから退職について悩みはじめ、夏に辞表を提出し、秋に組織を去りました。一部の人間たちに自分の人生が握られ翻弄されていく、こんなバカなことにガマンができなかったのでしょう。そしてだんだんと組織に冷めてくると、目の前に繰り広げられる日常はとても「しらけたもの」として映るようになりました。僕は威張る奴が大嫌いです、特に組織や権力の傘の元「でかいツラをする奴」をとことん軽蔑します、また陰ではさんざん人のことをけなしておきながら、面と向かっては平気で媚びを売る人間、こんなどこに本音があるのかわからない連中に対しても同じです。そして組織はそんな連中の集まりのようでした、なぜもっと素直に、もっと謙虚になれないのでしょうか。

 

社畜人生だっていいじゃなですか

退職を決意する頃には自然と組織の連中とは距離を置くようになりました。でもそんな連中は僕のために送別会を開いていくれました、しばらくすると別れの宴はいつもの愚痴の言い合いの場に化しました。主賓をさて置き誹謗中傷やここだけの話があちらこちらで飛び交います、恒例のミーティングが始まり部下をこんこんと説教している奴もいます。いつもの光景とはいえ大人数だったのでそれは異様な盛り上りでした、しかし社畜の酒はなぜこんなにうまいのでしょう。僕もサービス精神を発揮して腐った組織や薄汚い人間関係を罵倒するや、ヤンヤの喝采を浴びました。「社畜人生だっていいじゃないか」そんな無理に抑えつけていた本音や切なさが、顔を出したのかもしれません。

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